【母の日に】生まれて初めてプレゼントを渡した思い出『それはプレゼントだ』【イトーヨーカドー】

正直、親孝行より親不孝なことを多くしてきた自分です。

そんな自分の数少ない親孝行の中で一番印象に残っているのは、やはり『人生で初めて母にプレゼントをした時のこと』です。

高校2年の時のことです。

当時、自分はテニス部に所属していて、部活三昧な毎日をおくっていました。

あれはちょうど、そんな日々の遠征からの帰り道のことです。

電車で帰路についていた自分は、乗り換え駅にあるイトーヨーカドーで『母の日フェア』をやっているのを目にしました。

自分の家は母子家庭で、小さい時から自分たち三兄弟を母が女手一つで育ててくれていました。

だというのに、自分は母にプレゼントを送ったことが、それまで一度もありませんでした。

母の日はもちろん、誕生日さえも。

だからいつもなら『母の日フェア』なんて見てもなにも思わない自分ですが、その時はなぜか、

「何か買っていこうかな」

という気持ちになりました。

なぜなのかは今でもわかりません。

本当に気まぐれとしか言いようがない些細な気持ちでした。

外に出ていたワゴンの中からプレゼントに良さそうなものを探しました。

自分は人に何かを贈るとき、飾るものではなく、使えるもの、実用的なものを選ぶことにしてます。

だからこの時も、

「日常の中で使える、役に立つものがいい」

と思って、プレゼントを探していました。

探すこと5分。

「あ、これだ」

そうして見つけたのが、和風柄の薄紫色のハンカチでした。

ハンカチなら普段から使えるし、値段も700円ぐらい。

当時、お小遣いを漫画や本に費やしていた自分でも十分買える値段でした。

「うん、これだ。これしかない!」

直観的にプレゼントにはこれしかないと思った自分は、すぐにレジに行こうとしました。

しかし、いざそのハンカチをレジに持っていこうとすると、心の中でためらいが生まれたんです。

というのも、今までプレゼントを贈ったことがなかった自分は、買う段階になってようやく実感が湧き、気恥ずかしさを感じたんです。

情けない自分は恥ずかしさゆえに、一度プレゼントに決めたハンカチをそっとワゴンの中に戻しました。

そして、そこからが長かった。

優柔不断な自分は、

他にもっと良いものがあるかもしれない

という言い訳を盾に、イトーヨーカドーの中を意味もなく歩き回りました。

30分程ぐるぐると歩き続け、しかし、それだけ歩き回ってもハンカチ以上のプレゼントは見つからず、煮え切らない自分もようやく観念しました。

結局、元のワゴンに戻り、気恥ずかしさを感じながら、最初に決めたハンカチをレジに持っていきました。

なんとか、母の日のプレゼントを購入したものの、電車の中で最大の難関についてずっと考えていました。

そう、

「どうやってプレゼントを渡すのか」

ということです。

人生で初めて渡す母へのプレゼント。

どうやって渡せば良いのか、見当もつきませんでした。

思春期真っ盛りだった自分は、当然のように直接手渡しすることを考えから除外していたんです。

「手紙と一緒に置いておこうか……」

「いやいや、それも恥ずかしいな」

そんな感じであ〜でもない、こ〜でもない、と一番気恥ずかしくない渡し方を考えた結果、自分にぴったりな方法を思いつきました。

それは、テーブルにプレゼントを置いておき、

それはプレゼントだ。と遠くから口頭で伝える

という、なんともヘタレな方法でした。

ヘタレな作戦決行は、帰宅後すぐに始まりました。

その日は、ちょうど自分の方が母親よりも帰りが早い日でした。

「ただいま」

家に着くと、母はまだ帰ってきていませんでした。

今がチャンスだと思った自分は、ハンカチの入った袋をバックから取り出し、リビングのテーブルの上に置いておきました。

柄にもなく少し緊張していました。

それからしばらくして、母が帰ってきました。

「ただいま〜」

と母の声が聞こえてきます。

「おかえり」

平静を装っていつもどおり母に挨拶をしたものの、内心はまるで、部活の試合前かのように緊張していました。

そんな自分の緊張をよそに帰ってきた母は、食材の入ったパンパンのビニール袋をテーブルの椅子に乗せると、中身を冷蔵庫へと入れ始めました。

プレゼントの袋の存在には、まだ気づいていないようでした。

そんな母を横目に、

「袋の中身を移し終わったタイミングで言おう」

と決心しました。

数分後、袋を空っぽにした母に、ソファーに座ったまま、明後日の方向を向きながら言いました。

「あのさ、そこのテーブルの上に袋、あるじゃん」

「あ〜〜これ?」

「それ。あげる」

「えっ?」

母は、まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのように驚いていました。

あんなに目を見開いた母を見たのは、生まれて初めてだったかもしれません。

「それって、プレゼントってこと?」

わざわざ確認してきた母の言葉に気恥ずかしさを感じながら、

「そう」

ぶっきらぼうに返事しました。

「母の日の?」

「そう」

二回目の確認に、その場から逃げ出したくなるほど恥ずかしさを覚えました。

一方、自分の返事を聞いた母は、まるでクリスマスにプレゼントをもらった子供のようなはしゃぎようでした。

「本当にっ! ありがとう!」

「えっ、待って。初めてじゃない、あんたがプレゼントくれるの!!」

「これ開けていい?」

「どうぞ」

これ以上、母の様子を見ていられなくなった自分は、ソファーから立ち上がり、自分の部屋へ向かおうとしました。

そんな自分の背に、母から嬉しさの滲んだ声で、

「ありがとう。めっちゃ好きな柄のハンカチ!
 大切にするっ!」

母を直視できなかった自分は、気持ち振り返りながら

「どういたしまして」

と返事し、そそくさとリビングを後にしました。

その日の母の浮かれようは、今まで見たことがないものでした。

その後、帰ってきた弟二人に

「見てっ! これプレゼントでもらったの!」

とまるで子供のように自慢し、何度も自分にお礼を言ってきました。

その度にプレゼントを贈ったことを後悔するぐらいの恥ずかしさを感じましたが、同時に嬉しさも感じたことを今でも覚えています。

今も母がそのハンカチを持っているかはわかりません。

さすがに自分からそんなことは聞けません。

自分はやめて欲しいのですが、何回かこのハンカチをプレゼントしたことが話題になるので、母の記憶の中にはまだあの時のことが残っているんだと思います。

この初めてのプレゼント以降、毎年、毎回ではないですが、自分は母にプレゼントを贈るようになりました。

いまだに面と向かっては一度も渡せていないのですが、いつか正面から感謝の言葉も添えてプレゼントを渡したいと思っています。