【小学生の親孝行】初めて、母に褒められた日のこと

私の母は、大学を卒業したものの就職ができず、結婚してしばらくは自宅にいて専業で子育てをしていました。

公務員だった父は母にあまり生活費を渡していなかったようで、母はストッキングを袋に詰めるような内職をしていました。

私をおぶって英語教室をしていたこともあったようです。

私が泣き止まないので、生徒の親さんが見るに見かねてあやしてくれても、どうにも泣き止まず、母が仕事を終えて、私を抱きかかえると、すっと泣き止んだそうです。

私は、赤ん坊ながら、母には仕事よりも自分をかまってほしいと思っていたのでしょう。

私たちが小学校に上がると、母は自分の子供たちに勉強をさせるために「公文式」の先生になりました。

教室は遠く、母はいつも帰宅が遅いので、父は常に機嫌が悪く、怖い顔をして黙ってテレビを見ているのでした。

母は生徒を増やすために何かと工夫して、成績が良かった生徒にプレゼントを渡したり、生徒をつなぎとめるためや、生徒募集をするためにイベントをしたりしていました。

ある日、母はイベントでヨーヨー釣りをすることに決めたようです。

私たちも一緒に教室に行ってイベントの用意をしました。

イベント用にテーブルを配置したり、ヨーヨー釣りのヨーヨーを膨らましたりするお手伝いをしました。

私は生徒が来る時間までに、このヨーヨーを膨らませてしまわなくてはいけないので、ポンプで必死になって膨らましました。

いつもは公文式のプリントなんかしたくなかったし、生徒と比べられるのも嫌で反発していましたから、母には常に叱られていました。

生徒たちと保護者さんがやってきましたが、みんななんとなく私たちのことを「先生の子供」という妬みがあるのか、嫌な目で見られていました。

「先生のお子さんなんだから、さぞかしお勉強ができるんでしょう?」

と言われているようでした。

そんな、すごく居心地が悪いイベントが終わって、母は後片付けに忙しそうでした。

私たちのことはいつだって後回し。

父や祖母や生徒、保護者のことばかりにかまけている母です。

私たちはいつだってほったらかし。

夜も帰宅が遅く、晩ご飯も遅い。

片付けが終わった後、母が私に言った一言は今でも忘れられません。

 「今日はヨーヨーを膨らませるのを手伝ってくれてありがとう。何時間もずうっと集中して膨らましてたからびっくりしたんだ。あんなにたくさんあったもんね」

 「だって、みんなが来るまでに膨らませないといけないと思ったから…」

と、私。

あの時、私は生まれて初めて母に褒められたような気がして、くすぐったくもあり、嬉しくもあったのでした。

あれから何十年も経ち思い返してみると、私にとっては、これが初めての親孝行だったんだと母の嬉しそうな笑顔がうかんできます。

「子供はいつだって親の味方」

って、母が言っていたのを思い出しました。